無職への道その4<退職~そして無職へ・・・>

4月 21, 2020

こんにちは、ゆう坊です。

無職への道シリーズその4です。

休職中に退職前の準備を整えたゆう坊は、いよいよ退職を決断します。

退職から、無職になるまでにしたことをご紹介します。

休職中に退職を決意

ゆう坊が休職して、半年が経ちました。

傷病手当のの期間も十分にあり、会社も辞めるようにプレッシャーをかけて来ることはありません。
しかし、当時は転勤で会社の借り上げたアパートに住んでいました。

上司に場所が分かっている居心地の悪さと、土地勘の無い土地での休職生活をそろそろ終息させようと
考えていました。

元々、休職する時ぼんやりと、もう戻ることはないだろうなとは思っていましたが、休職してから
このまま辞めようという思いが強くなっていきました。

その間のやり取りは、総務部の担当者だけです。

月一回病気の状況と生活のについてヒヤリングされます。

後は、医師の診断書と傷病手当の申込書を送っての繰り返しです。

楽といえば楽ですが、どこかで決着はつけなければいけません。

半年経った時、総務の担当者から、私の代わりに営業所に新たに人が入ったと電話越しに聞きました。
その時、あぁもうゆう坊は完全に会社に必要とされて無くなったと思い辞める事を伝えました。

退職を伝えてから退職まで

退職を伝えてからも、特に引き留められることももなく淡々と事務的に事が進んでいきました。

社内でも、戻ってこない可能性の方が高いと判断されて準備が進んでいたのでしょう。

営業職なので、担当者の引継ぎ挨拶回り等の心配をしていましたがそれも一切ありませんでした。

ただ、社内の書類上退職届が必要なのと、社内の機密事項に関する書類にサインする等一度は
総務と面会する必要はありました。

東京から長野まで総務の担当者が新幹線できて、近くの喫茶店ですべての書類にサインしました。

そして、社員証や借りていた作業着等を返却して終了です。

この時は、その先無職になる心配よりもすべて終わって重荷がなくなった気持ちの方が強かったです。

親に退職理由を説明

休職している事は実は母親には内緒にしていました。
今でも病気で辞めた事はしりません。

月一回長野から北関東に帰省していたので、普通に働いてると思っていたことでしょう。

辞める決意をした1ヵ月前に、自分で事業をやるので辞めると伝えました。
実際は何も事業内容は考えておらず、失業保険と退職金を使いながら何か考えようと
思っていました。

話した夜は、すごく反対して怒っていたので、喧嘩したような感じで眠りにつきました。
事前相談なしにいきなり息子に安定した正社員辞めると言われれば、当然の反応です。

翌朝「自分の人生なんだから好きなように生きなさい」と言われた時には泣きそうになりました。

今はたった一人の母親なので、マイナスからのスタートですがこの先親孝行していきたいと思います。

社宅を退去して無職へ

退職届を出した翌日に、事業部長に受理されたとの連絡が総務からありました。

併せて当月中に社宅のアパートを退去してほしいといわれました。

無職への道3で新居の準備をしていたので、社宅から新しく契約したアパートに引っ越す事にしました。

転勤の際は会社で引っ越し費用が出ますが、自己都合で辞める場合は引っ越し代は自腹です。
出来る限り安い単身パックを申し込んで、残りは自分の車ですこしづつ運びました。

あまり良い思い出の無かったアパートでしたが、2年くらい住んでいたので退去する時は寂しさが
ありました。最後部屋を綺麗に清掃して、2年間のお礼をしました。

鍵を不動産屋に返却してすべての業務が完了です。

晴れて、ゆう坊は無職になりました。

退職後のに必要な書類を送ってもらうのと、退職金の関係で少し総務とやり取りがありますが
会社員時代はこれで終了です。

次回は、無職になってからの手続と生活についてお話したいと思います。

本日もご覧いただきありがとうございました。

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